「旧中山道」街道をゆく 7

こんにちは 菅野です。

「旧中山道」街道をゆく その7

7日目、高崎線本庄駅から出発、朝方までの雨が上がったものの曇り空。冬の曇天は結構寒い。 暖かくなるように一生懸命、歩きましょう。

駅を出て旧街道へ。旧街道沿いには商店があったりしますが、時々レトロ感満載。

お茶屋さんはともかく、お隣の「電器館カレー」って、レストランだけど、昔は電気屋さんだったのかな?

右の個人医院も昭和時代は、こんな医院沢山ありましたね。ちょっとこじゃれた感じが今ではレトロ。

少し行くと「金鑚神社(かなさなじんじゃ) 」ご神木は樹齢350年以上とされる大木。周辺の尊崇を集めているのがわかる。写真ではわかりにくいけど、迫力の狛犬さん。

この日は、12月13日。朝方まで降った雨が上がったけど、曇天のまま。結構寒い。

にも拘わらず、この花、わかりますか? 蝋梅(ロウバイ)です。

葉の色も紅葉しきれず落葉もしていないのに、しかも12月。通常1月~2月の開花だというのに、ロウバイが咲いている!

良い香りではありますが。目を疑ってしまった。でもなぁ・・・・・蝋梅感が無い・・・・・裸の枝に黄色い花、それがロウバイ のはず。

右:沿道は住宅街で、おそらく道のあちこちにあったと思われる庚申様や馬頭観音様など、集合です。

金窪八幡神社 金久保神社 とも案内にありました。「大永5年(1525)、金窪城主の斎藤盛光が鎌倉の鶴ケ丘八幡宮から城内に八幡宮を勧請したことにより始まり、神流川(かんながわ)合戦で金窪城落城とともに焼失。その後元和年間(1615~24)に村民により中山道脇の現在の地に遷座したと伝えられる。拝殿に狩野派の絵師、祥雲斎俊信によって描かれた天井絵があり、中央に雲竜図が描かれ、まわりに66枚の花鳥図が描かれている。中央の竜の絵に「文久3年(1863)発亥卯月吉日 狩野探僕守邦門人祥雲斎俊信画」とあります。」と案内には書かれています。きっと素晴らしい雲竜図なのでしょうが、いったいいつ拝見できるものやら。曇天の空の下、なかなか愛嬌のある狛犬さんは何も語ってはくれません。好きなタイプの狛犬さんです。

出ました。野菜畑。このトゲトゲ、恐竜みたい!!!! 大興奮。「ロマネスコ」というカリフラワーやブロッコリーの親戚。 栽培されてるの初めて見ました。


神流川合戦古戦場跡碑 天正十年(1582年)6月19日、信長が本能寺に討たれた後、滝川一益が北條氏と戦った跡。

ここかぁ! これで足止めされて秀吉に後れを取っちゃったんだね。

昔ここには「新町八坂神社」があり「柳の茶屋」という茶屋があり、芭蕉の句碑もある。「傘(からかさ)におしわけみたり柳かな」

今、何故かリアルな爬虫類が滑り台にいる。あまりにリアルで驚き。子供たちは喜んで遊ぶのだろうか?

本日、曇天のせいか、人影なし。

新町宿 こんなに富士山きれいにみえたのかな。

個人宅ですが、文化庁から登録有形文化財 の認定を受けているようです。スゴイ塀。

道は旧中山道と日光例幣使街道の合流地点へ。奥の道が旧中山道、手前の道を左に行くのが日光例幣使街道。

左の建物は閻魔堂

そして、旧街道らしい重厚な建物が散見されるなか、本日もようやく倉賀野に到着。
終日曇天。写真が暗い。あえて、暗いままご紹介しました。

今回のルート だいたいこんな感じ。Googleマップってスゴイ!!

高崎線 倉賀野駅にて7日目終了。

本庄駅発 11:00   倉賀野駅着 17:35  高崎線同区間:13分

6日目: 埼玉県本庄駅 ⇒ 倉賀野駅 16.7km

      所要時間: 6時間35分(休憩時間含む)