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京都の通り名(住所雑学シリーズ12)

こんにちは、長らくお休みしておりました住所雑学、久々にお送りいたします。再開第一弾ということもあり、定番かつ大ネタに挑んでみようということで、京都市の通り名についてご説明してみます。

京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488

こちらは京都市役所(本庁舎)の住所ですがずいぶんと長いですね。どこからどこまでが通りでどこからが町名なのかぱっと見ただけでは分かりにくい並びです。少し分かりやすく間にスペースを入れてみると、

京都市 中京区 寺町通 御池上る 上本能寺前町 488

となります。「京都市」「中京区」まではいいでしょう。次の「寺町通(てらまちどおり)」は、当該住所の玄関口が寺町通に面している、ということを意味します。その次の「御池上る(おいけあがる)」は、市内を南北に通る寺町通に対して東西を通る御池通との交差点から北に上る、ということを意味します。そして最後が町名「上本能寺前町(かみほんのうじまえちょう)」と地番、ということになります。
その上本能寺前町周辺の境界線と通りを図式化したものが下の画像になります。
kyoto1
点線に囲まれた黄色の部分が上本能寺前町で、真ん中にある太線で囲まれたブロックが京都市役所(本庁舎)の敷地です。境界線が複雑に入り組んでいますがその理由はあとでご説明します。寺町通に面しているということですので、京都市役所の玄関口は図の赤線部ということになりますが、航空写真を見ますと、正面玄関は御池通側に向いていることが分かります。しかし境界線図でも分かるように、御池通側は半分以上が敷地のほとんどを占める上本能寺前町ではないため適切でないという判断なのかもしれません。

どうして京都市街地はこのような複雑な区割りと住所表現をするようになったのでしょうか。
一般的に日本の住所は街区方式といって道や河川などを境目に区画を定めるのですが(下記図)、京都市街地はその方式とは違っています。
kyoto2.jpg
京都は平安京の条坊制によって作られ、現在も市街地は碁盤の目のようになっています。条坊制とは縦軸(条)と横軸(坊)のブロックに分けたもので縦軸は一~九条、横軸は左右四坊(計八坊)に分けられていました。大きなブロックとしては、左京五条三坊などとマトリックス的に場所を示すことになります。
ところが時代が進むにつれて個々のブロックよりも通りの意味が大きくなります。往来の多い通りを正面に店を構えることは大きな価値となり、現在の商店街のように同じ通りに面した店(たな)同士で町が形成されていきました(両側町)。こうした町割とそれに対応した通りの整備は中世頃から始まり秀吉の時代にまとまっていきますが(「天正地割」などで調べてみてください)、その結果、町の境界線が通りを挟むようになり、一つのブロック(街区)に複数の町がお互い背を向けて存在するようになりました。図式化すると下のようになります(実際にはもっと入り組んだ複雑なパターンとなります)。
kyoto3.jpg
こうして、○○通に面している△△町、であることが大きな意味を持ち、さらには識別子として欠かせない情報となり今に至っています。

通り名住所表記のルールについて改めてまとめてみます。

1.玄関口が面している通りの名前を最初に示す。
2.その通りで玄関口から一番近い交差する通りを次に示す(「通」は省く)。
3.面している通りが南北に渡っている場合は交差点に対して北は「上(あが)る」南は「下(さが)る」と示す。
4.面している通りが東西に渡っている場合は交差点に対して東は「東入(ひがしいる)」西は「西入(にしいる)」と示す。

たとえば、A通(南北展開)に面していて一番近い交差点B通(東西展開)より北に位置するC町なら「A通B上るC町」となり、X通(東西展開)に面していて一番近い交差点Y通(南北展開)より西に位置するZ町なら「X通Y西入Z町」となります。

下の図の①から⑩までをどう表現するかやってみましょう。
kyoto4.jpg
答えは以下のとおりです。
①X1通Y2東入A町
②Y2通X1上るA町
③Y2通X1上るA町
④X1通Y2西入A町
⑤X1通Y1西入A町
⑥Y2通X1下るA町
⑦Y2通X1下るA町
⑧X1通Y3東入A町
⑨Y2通X1下るB町
⑩Y2通X2上るB町

②と③、⑥と⑦は通りを挟んでいますが、住所表記は同じとなり、地番で識別します。①と⑤、④と⑧は一番近い交差点が違うので表現が変わります。⑨と⑩も同様です。

京都市街の交差点名は基本的にこの通り名をかけ合わせるパターンとなっており、京都市内のバス停は「烏丸五条」「河原町丸太町」などこの交差点名称を使用しているものが多く、通りの位置がマトリックス的に頭に入っている市民にはイメージしやすいものとなっています。
しかし、いくら市民が通り名に馴染んているとはいえ、この呪文のように長い地名表記が全く煩わしくないと言えば嘘になるでしょう。日常会話でまるで寿限無のようにいちいち読み上げはしないでしょうし、町名だけでは分かりにくい場合は先ほどの交差点・バス停名のような言い方で場所を示すこともあるかもしれません。にもかかわらず表記としてそれをやめないのには理由があります。
実は上京・中京・下京・東山区には区内で全く違う由来で全く違う場所にある同一町名が数多くあるため、通り名をやめてしまうと識別できない地域が存在するのです。特に上京・中京・下京はそれが甚だしく、たとえば亀屋町は上京区で4か所、中京区で5か所、下京区で2か所存在するため、京都市亀屋町などと表記した場合は11か所の亀屋町に当たらねばならず途方に暮れてしまします。
しかし、それぞれは全く別の場所に存在するため、通り名があれば識別はつき、むしろ町名はお飾りのような状態になります。郵便番号が7桁化(1998年)されてからは郵便番号が示されていれば京都市中京区亀屋町と書いても特定できますが、番号が正しければ、という条件つきです。
通り名の住所表記はよそ者を煙に巻くようなものでありながら、よそ者でも見分けがつくように作られているものでもあるのです。