エニイのブログ

ぶらり四谷住居表示の旅~その2(住所雑学シリーズ8)

2018年12月18日 データマネジメント

こんにちは、K又です。前回、新宿区の本塩町、三栄町、そして坂町が四谷本塩町、四谷三栄町、四谷坂町に変更し住居表示化された形跡を住居番号表示板や案内板からご覧いただきましたが、今回はこの界隈をさらにディープに探索してみたいと思います。

こちらは先日私がこの3町の街区表示板を撮影してきたときのものです。街区表示板とは町名と街区符号が表示された板で、電柱や壁などに貼ってあるのを見かけたことがあるかと思います。似たものに町名表示版がありますが、違いは住居表示化されているか否かで、住居表示化された地域は法律で設置が義務付けられていますが、住居表示化されていない地域にあるものは各自治体の任意で取り付けられています。
各街区表示板の位置を前回ご紹介した住居表示案内板にマッピングするとこのようになります。

各町の○で囲まれた数字が街区番号ですので、その番号がそのまま地図上の街区(道路で区切られた区画)の位置となります。
実はこの3町も以前は町名表示板があったのですが、住居表示化と町名変更に伴い一斉に付け替えられました。元はどうなっていたかと言いますと、こうした表示看板を趣味にされているの方のツイッターにあったのでご覧ください。
https://twitter.com/kotonee_gaiku/status/1028841717888311297
これがツイートされた2018年8月13日はまさに三栄町が住居表示化され四谷三栄町になった日ですが、その六日後に再度見に行かれたところ、
https://twitter.com/kotonee_gaiku/status/1030987300828733440
撤去されてしまったようです。
残っている旧町名表示板は無いものかと私も界隈を歩いてみたのですが、四谷本塩町、四谷三栄町では見つかりませんでした。しかし、少し奥まったところにあるせいか、四谷坂町では大変興味深いものを見つけました。

すごいですね、確実に昭和の先々代の看板です。サビと色ヤケに歴史を感じます。さらに坂町の痕跡を求めて歩いていたところ、先代の旧町名表示板を見つけました。これです。

正真正銘「坂町」です。先ほどのツイートの三栄町のものと同様広告がついています。時代モノの看板にも広告がありましたが、法的義務が伴う街区表示板と比べて任意で立てている町名表示板は比較的自由、ということなのでしょう(街区表示板については広告は好ましくないと規定されています)。ところでこの発見した町名表示板にはさらにレアな点があります。周囲を含めた引いた写真でご覧ください。

どうです?面白いですよね。新旧両方の表示板が並んでいるのです。剥がし漏れにしてもこうも堂々と新旧並立しているのは珍しく、すでに3年が経過している訳で、ちょっとしたトワイライトゾーンになっています。

と、マニア向けの写真ばかりお見せして住居表示とは、街区とは、住居番号とは、などのお話に全く進んでいませんね。申し訳ありません。それは次回にしたいと思います。
最後に四谷坂町の時空が止まった感のある写真をご覧にいれて今回はこれまでにしたいと思います。奥にあるビルは防衛省ですが、周囲は新しくとも、ここだけは坂のある住宅街のままです。