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【本のご紹介】『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』

こんにちは。今回はたまにやる本の紹介で筆不精をしのがせていただきます。
書店に行くと平積みになっている『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』というB5版サイズ大型でまあまあ分厚い本をご覧になったことはないでしょうか(↓こちら)。
https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%AF%BE%E5%BF%9C%E3%83%BB%E6%B0%91%E9%96%93%E8%87%A8%E6%99%82%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E4%BC%9A-%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%83%BB%E6%A4%9C%E8%A8%BC%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8-%E4%B8%80%E8%88%AC%E8%B2%A1%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96/dp/4799326805
10月に出版され、報道で知った私もさっそく買ってはみたものの、物理的なボリュームに圧倒され、少しずつ読み進めながら先日やっと読み終えました。
読後の感想は、短時間で関係者からこれだけの証言を引き出せた上に検証まで終えられるとはすごいの一言でした。

本書はアジア・パシフィック・イニシアティブという財団が企画作成したのですが、前進は日本再建イニシアティブという福島原発事故独立検証委員会を運用するために設立された団体です。福島原発の検証の際には「民間事故調」と呼ばれ、今回もそうした趣旨で検証がなされました。

ヒアリングでは、上は安倍(前)総理・菅官房長官(現総理)から各関係大臣や専門家会議の尾身茂副座長(現分科会長)など、そして匿名条件に行政官や専門家会議メンバーなどにも行っており、官僚の生々しい証言については、随所に本音が潜んでいて読んでいて思わず唸ってしまいます。

調査事項としては、ダイヤモンドプリンセス号から始まり、武漢邦人救出、一斉休校、緊急事態宣言を発するまでと解除に至る経緯、経済対策、治療薬・ワクチン、国境管理について取り上げられています。
興味深かったのは、緊急事態宣言解除に至るまでの官邸と専門家会議の綱引きで、より理想的な防疫対策を目指す専門家と何とか現実的な線引きを図ろうとする官邸、「前のめり」と呼ばれた専門家会議が矢面に立たされがちになってしまった経緯、そして専門家会議の解散、分科会への移行の流れがスリリングでした。

課題としては、危機への備え、官邸、厚労省、医療体制、専門家会議、リスコミ、中央と地方、執行力、保険外交について検証を行っています。
ここで大きな問題と感じたのはインフルエンザ特措法の限界についてです。特措法は「国民は自発的に自粛し、自粛期間も短くて済む」(p254)という想定で成り立っており、制度設計上、現在の困難な状況にはマッチしていないのではないか、ということです。政治向きの話は置いておきますが、その後国会で特措法の改正についての具体的な検討はまだされていません。

巻末には西村康稔経済再生担当大臣と、尾身茂分科会長の特別インタビューが載っており、特に尾身会長の話は今現在でも議論されている問題についての専門家の考え方・姿勢が窺い知れます。

最後に提言・総括がされていますが、最も印象深かったのは、官邸スタッフが漏らした「泥縄だったけど、結果オーライだった」(p413)という言葉を引用し、それはそれで「政治の実力」ではあるが、「場当たり的な判断には再現性が保証されず、常に危うさが伴う」という指摘です。
たしかに諸外国に比べると日本のコロナ被害は最悪の部類には達していませんが、一方で「日本モデル」というものが何か確固たる理念や準備体制によって施行された訳でもないところからみて、それは「結果オーライ」としか現段階では説明できないのではないか、ということです。
そして本書は総括としてこう締めくくっています。

同じ危機は、二度と同じようには起きない。
しかし、形を変えて、危機は必ずまたやってくる。
学ぶことを学ぶ責任が、私たちにはある。

当初、本企画を始める際に政府高官から「検証は時期尚早」という声があったそうです(序文p18)。しかし、今こうして第三波が来ていることを考えると、我々国民がこの調査・検証で得ることができた情報と見解は非常に貴重であり、今のうちに読んでおくことに意味のある本ではないかと思った次第です。

<やや長めな付記>
この検証を読んでいて何度も頭に浮かんだのは『失敗の本質』でした。『失敗の本質』は、元は戦史から組織論の分析を目指して始まった研究会がまとめたもので、最終的には日本の組織論分析に至った名著です。
第一章は6つの作戦失敗を分析し、第二章で「失敗の本質」について検証し、第三章で「失敗の教訓」を総括しています。
その第二章の各小見出しが示唆的で、「あいまいな戦略目的」「短期決戦の戦略志向」「主観的で『帰納的』な戦略策定-空気の支配」「狭くて進化のない戦略オプション」「アンバランスな戦闘技術体系」「人的ネットワーク偏重の組織構造」「属人的な組織の統合」「学習を軽視した組織」「プロセスや動機を重視した評価」となっていて、読者として大上段に構える以前に日々の己の仕事への態度として実に耳が痛いものとなっています。
第三章では、日本軍の戦略性の欠如は日本の戦後政治の無原則制として継承されており、これまではこれがフレシキブルな対応を可能にしてきたが、これからの国際環境を乗り切れる保証はない、としています。
また、企業組織は日本軍を創造的破壊の形で継承していると分析しています。それは、旧体制は解体されたものの、日本軍で下士官を経験した人材が組織をリプレイスしたからだ、という見立てです。ここまではそうしたバイタリティあふれる組織において自律的な環境適応を果たしてきたが、「異質性や異端の排除とむすびついた発想や行動の均質性という日本企業の持つ特質が、逆機能化する可能性すらある」と総括しています。
因みに『失敗の本質』は1984年(昭和59)に刊行された本です。令和の時代にも十分に刺さる内容です。床屋談義的に天下国家を語る前にまず、自らとその周りについて考えるべき問題でもある訳です。